城砦に住む@マルケ州:La famiglia nel muro@Monteprandone
2010-08-17


大家一家は、アドリア海を望むマルケ州のMonteprandone  という、小さな町に住んでいるという。以前から「海が見えるうちだから、一度遊びにいらっしゃい」といわれていたが、なかなか都合が合わず、また奥様が大怪我をされたりで行けずにいた。が、帰国を控えた最後の週末、8月15日のFerragosto(聖母被昇天祭)というイタリアの家族が集まる祝日にお招きいただき、やっと訪問が実現した。

私たちが借りている家からほんの5分のところに住む大家の娘さんの車に同乗、片道五時間の旅である。道すがら「お城の城砦の一部、塔になった部分が家なので、3階建てで縦に細長いけれど驚かないでくださいね」といわれて、どんな家かあれこれ想像しているうちに到着した。

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小高い山の上から眼下に海を見下ろす町には、1500年代の城跡があり、それを取り囲む城壁を部分ごとに各家庭がきれいに修復して使用している。その一部が、大家一家の家であった。

ここは、もともとは大家の奥さんの祖母の持ち物であったとのこと。すっかり老朽化してしまい、役所から、放棄するか修復するかを迫られた。一族のなかでは、修復にかかる費用を考え、放棄するという意見が大勢だった。彼女だけがそれに反対して、役所から修復の許可を得て、プール付の豪邸1件分に相当する費用を負担する代わりに、ここに住むことになった。

大家のご主人は、現役時代は海外を転々とする生活をしており、子供3人はすべて異なる国で生まれている。「子供の頃からひとところに落ち着かない生活で、生まれた町にもなんの思い出もない子供たち。そして、それぞれが違う町で育っている孫たち。私自身はローマで育っているけれど、彼らに一族のふるさととなる家を作ってあげたかったの」とのこと。「『私がもっと年をとってここで暮らせなくなったらこの家は売る』といったとき、『そんなこといわないで!』と泣いて反対したのはまだ小さかった孫たちだったのよ」と、まとわりつく孫たちを笑顔で見ながらうれしそうに言う。確かに、この「お城」の家に驚いて「こんな家に泊まらせてもらえるなんて夢みたい」といった私に「夢なんかじゃないよ!」と胸を張って言ったのは、11歳の孫であった。

現在私たちが借りているミラノの家は、ミラノにまだ娘二人が住んでいて、その子供である孫たちが小さかったときに、子供たちの面倒を見るために滞在する冬の間だけ使っていた家だった。長い夏休みは、当時も今もマルケの家に孫たちを引き取っている。その後、娘の一人がアドリア海沿いに引越し、今もミラノに残っている娘の子である孫も中等学校に入り手がかからなくなったこと、そして自分が年齢を重ねたこともあり、私たちが借りているミラノの家を貸し出して、自分たちは現在気候の温暖なマルケで1年を過ごしているそうだ。

今まで、イタリアでは多くの城を見たが、実際に日常生活に使われている城は少ない。一族が集う、イタリア人にとって重要な祝日をご一緒させていただき、3世代の家族とともに夏の週末を過ごす中で、彼らの絆を感じることができた。「お城」に泊めてもらった夜、今、私たちが住んでいる家も彼らの一族の歴史をなす「お城」のひとつであることを考えた。
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